スポーツファーマシストについて

松下信治選手(まつした のぶはる、1993年10月13日 - )は、日本のレーシングドライバー。埼玉県さいたま市出身。
2010年代初期に、フォーミュラシリーズの下位カテゴリーでデビュー。2013年度にはHFDP RACING×無限から全日本F3選手権に参戦した。翌年の2014年度シーズンも同じくHFDP RACING×無限から同選手権に参戦し6勝を挙げ、ホンダ勢では2002年の小暮卓史以来12年ぶりとなる全日本F3選手権シリーズチャンピオンに輝いた。
2015年度からは唯一の日本人ドライバーとして、F1直下のカテゴリーであるGP2シリーズに参戦。チームは過去にルイス・ハミルトン、ニコ・ロズベルグ、ニコ・ヒュルケンベルグらが在籍したARTグランプリである。中盤戦から予選、決勝共に速さを見せてきた松下は遂にハンガリーグランプリで自身、初優勝を飾った。
GP2シリーズでの日本人ドライバー優勝は史上2人目で、これは2008年の小林可夢偉以来となる快挙となった。
2016年度も引き続きARTグランプリからGP2シリーズに参戦。そして第2戦のモナコグランプリで、日本人ドライバーでは史上初となるモナコ市街地サーキットでの優勝を飾った。2位以下を13秒以上引き離し、ファステストラップも獲得した完璧なレースであった。
また同年マクラーレン・ホンダのテスト・開発ドライバーに就任した[17]。2017年も引き続きマクラーレン・ホンダのテスト・開発ドライバーを務めた。また2017年7月24日、第11戦ハンガリーグランプリ後に行われる合同テストに、ザウバーから起用された[18]。
F2から離脱後、松下はイタリアを離れパリ経由で日本に帰国。その後は国内最高峰のスーパーフォーミュラ及びスーパ-GTに参戦
2026年シーズンから DELiGHTWORKS RACINGよりスーパーフォーミュラに参戦。

福住仁嶺選手(ふくずみ にれい、1997年1月24日 - )は、徳島県出身のレーシングドライバー。
2013年、前年度ARTAチャレンジシリーズチャンピオンで獲得した賞金で、鈴鹿サーキットの養成機関「鈴鹿サーキットレーシングスクール(SRS)」の19期生として入校し[3]、同年のフォーミュラ・スカラシップを獲得[4]。卒業後の2014年、Hondaフォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP)の育成ドライバーとしてフォーミュラ4選手権のFCクラスに参戦し、シリーズチャンピオンとなる[2]。2015年は全日本F3選手権にステップアップ。
2016年より福住がフランスのARTグランプリと契約してGP3に参戦した[5]。5月に開幕したGP3第1戦スペインで行われたデビュー戦で3位表彰台を獲得[6]。第8戦マレーシア2位、最終戦アブダビ3位などの成績を収め、シリーズランキング7位となる。2017年は開幕戦スペインでGP3初優勝[7]。第7戦スペインでも優勝し、全15レース中6度の表彰台を獲得してシリーズランキング3位で終えた[8]。
2018年はホンダがマクラーレンからトロ・ロッソへ供給先を変更し、福住はレッドブル・アスリートの一員に選ばれた[9]。GP3からF1直下のFIA F2選手権にステップアップし、アーデン[10]に所属。また、日本のトップフォーミュラであるスーパーフォーミュラ(SF)にもチーム無限より参戦する(マシンはレッドブルカラー)。
2019年から日本に戻り、日本最高峰スーパーフォーミュラ及びスーパーGTに参戦
2026年5月24日 スーパーフォーミュラ第5戦鈴鹿において5年ぶりの優勝を飾る。

岩佐歩夢選手(いわさ あゆむ、2001年9月22日 - )は、日本・大阪府守口市出身のレーシングドライバー。
4歳を迎えた2005年よりカートに乗り始めキャリアがスタート[2]。2014年、「全日本ジュニアカート選手権 FP-Jr.クラス」の東西統一戦を全体の2番手でチェッカーを受ける[3]。「鈴鹿選手権シリーズ カートレース YAMAHA SSクラス」第2戦にて初優勝を挙げ、総合ランキング7位に入った[4]。2017年「鈴鹿選手権シリーズ カートレース Parilla X30クラス」ではシリーズチャンピオン獲得など着実な成果を残す[5]。
2017年7月、上海インターナショナルサーキットで開催されたフォーミュラ・ルノー・アジアカップの第4戦へスポット参戦し、シングルシーターデビューとなった。レース1・2共にポールポジションを獲得、決勝は両レース共に2位でチェッカーを受けた[6]。
2019年、「鈴鹿サーキットレーシングスクール」のスカラシップ選考会へ進む4名に選出される。選考会では同校の卒業生4名を含む計8名でレースセッションが進む。計測走行1回目はポールポジションを獲得、続くセット走行1回目は首位をキープしトップでチェッカーを受けポールトゥウィンを記録した。この走りが評価されスカラシップ獲得となった。
2021年1月、ハイテック・グランプリから「FIA フォーミュラ3選手権」への参戦とレッドブル・ジュニアチームへ加入することを発表した。第4戦のレース1では1位を獲得し、ランキング12位でシーズンを終えた。
2022年シーズンは「FIA フォーミュラ2選手権」に昇格し、レッドブルとの育成は継続しつつDAMSから参戦[19]。第9戦フランス(ポール・リカール・サーキット)のレース2にて初優勝を達成した[20]。次の第10戦ハンガリー(ハンガロリンク)の予選では初のポールポジションを獲得した[21]。最終戦アブダビ(ヤス・マリーナ)でシーズン2勝目をあげ、ランキング5位を獲得した。
2023年もフォーミュラ2選手権に参戦、シーズン3勝を獲得しランキング4位を獲得。
2024年から日本最高峰スーパーフォーミュラに参戦(TEAM MUGEN)と同時にレッドブルイ契約下のF1リザーブドライバー就任しフリー走行に出場。
2025年スーパーフォーミュラに参戦(TEAM MUGEN)総合優勝を獲得した。またF1リザーブドライバーとしてシュミレーター作業及びレッドブルの一員としてF1グランプリに帯同する。
2026年はイギリス居を移しスーパーフォーミュラに参戦(TEAM MUGEN)前年と同様にF1リザーブドライバーとしてシュミレーター作業及びレッドブルの一員としてF1グランプリに帯同する。

Giuliano Alesi選手ジュリアーノ・リュウ・アレジ(Giuliano Ryu Alesi, 1999年9月20日 - )は、フランス・アヴィニョン出身のレーシングドライバー。日本名は後藤 龍(ごとう りゅう)。
父は元F1ドライバーのジャン・アレジ、母は女優でモデルの後藤久美子。
13歳の時にレーサーを目指すことを許され、2013年から本格的なカートキャリアをスタートさせる。
2015年3月、フランス・F4選手権へ移すことを発表した。開幕戦の第1レースでポールポジションを獲得すると、決勝レースではファステストラップを記録しながら首位を譲らずトップでチェッカーを受け、ポールトゥーウィンを達成した。シーズンを通じて3回の優勝を決め、総合4位の好成績を残した。
2015年12月には、アーデン・インターナショナルとイエンツァー・モータースポーツのGP3ポストシーズンテストに参加した。その後、トライデント(Trident)からGP3本戦に参戦することが発表。
2016年3月、当時GP3ドライバーだったシャルル・ルクレールと共にフェラーリ・ドライバー・アカデミー (FDA) の一員となる。
2019年にトライデントからF2にデビュー。
2020年にBWT・HWAレースラボへ移籍。
2021年1月にフィオラノ・サーキットで2018年マシンを使ったF1テストに参加した。このテストを最後にフェラーリ・ドライバー・アカデミー(FDA)の一員から外れ、活動の拠点を日本に移す事を表明した。
2021年はトムスから全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権に、トヨタ・チーム・タイランドからSUPER GT・GT300クラスに参戦。またスーパーフォーミュラにも、中嶋一貴がFIA 世界耐久選手権(WEC)参戦のため欠場する際にトムスから代役として参戦し、デビュー戦ながら予選8位、決勝では9位入賞。そして自身2戦目となる第3戦オートポリスではポールポジションを獲得、決勝戦は悪天候による赤旗中断のままレース終了となり、初優勝を果たした。
2022年はSUPER GT500クラスにステップアップ、また、スーパーフォーミュラに関してもトムスからフル参戦する。
2023年もSUPER GT500とスーパーフォーミュラに参戦、シーズン途中からGT500に専念する。
2024年、SUPER GT500クラスに引き続き笹原とのコンビで参戦。第3戦鈴鹿で念願の初優勝を遂げた。その後第6戦菅生で2勝目を挙げ、シリーズ5位に入った。
2025年も昨年に引き続き笹原とのコンビでSUPER GT・GT500に参戦。12年振りに開催された第3戦セパンで今季初優勝。また、この年からニュルブルクリンク耐久シリーズに参戦を開始した。
2026年も昨年と同様に笹原とのコンビでSUPER GT・GT500に参戦。またニュルブルクリンク耐久シリーズにも参戦。